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これが生だったのか、それならよし、もう一度

by 阿月まり

「父さん。冬の海は何分くらいで死ぬの」
「は?」
「カールスルーエのお祖父ちゃんが『冬山で遭難したら眠るように死ぬ』と言ってた。でも、ネーデルラントには山は無いから、海で死ぬしかない。だけど、俺は泳ぎが得意だから、夏の海では無理だ。死ぬなら、冬の海と決めてるんだ」
「な……何を訳の分からないことを言ってるんだ。死ぬだの、遭難だの、縁起でもない。まったく、カールスルーエのお祖父ちゃんもろくなことを教えない」
「そんなことはない。『オーシャン・プラネット』でもやってる。生き物はいつか死ぬ。だから、俺も冬の海で死ぬんだ」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。人間には人間の生がある。ゾウや魚みたいに死ぬわけじゃない」
「でも、死んだ方がいい」
「なんだって?」
「俺みたいな人間は生きていても仕方ないから、死ぬことにしたんだ。冬の海なら一瞬で凍るだろ」
「ヴァルター。そんな悲しい事を言わないでくれ。お前が死んだら、僕も、お母さんも、カールスルーエのお祖父ちゃんも、とても淋しいよ。死んだら、サッカーの試合も見られないし、お前の大好きなバームクーヘンも食べられない。死んでも楽しいことなど何もありはしないよ」
「でも、死にたい」
「どうして」
「俺は頭が悪いからだ」

数日後、カールスルーエの母がヴァルターの大好きなバームクーヘンやシュネーバルドイツの揚げ菓子をいっぱい送ってくれた。御礼の電話を入れた際、海での出来事を話すと、母がおもむろに言った。
地上に生きることは、甲斐のあることだ。ツァラトゥストラと共にした一日、一つの祭りが、わたしに地を愛することを教えたのだ。『これが――生だったのか』わたしは死に向かって言おう。『よし! それならもう一度』と
グンターがはっと顔を上げると、母はさらに暗誦を続けた。
おまえたちがかつて『一度』を二度欲したことがあるなら、かつて『おまえはわたしの気に入った、幸福よ、刹那よ、瞬間よ』と言ったことがあるなら、それならおまえたちはいっさいのことの回帰を欲したのだ。おまえたち、永遠な者たちよ、世界を愛せよ、永遠に、また不断に。痛みに向かっても『去れ、しかし帰ってこい』と言え。全ての悦楽は――永遠を欲するからだ

「僕はどう力づけたらいい?」
「この本に書いてあることを教えてあげればどうかしら。魂の幸福とは、自身を肯定し、生きることを悦ぶ気持ちだと
「自身を肯定し、生きることを悦ぶ……」
「あなたは以前からあの子の言葉の問題を直そう、直さなければと躍起になっている。もちろん、その努力は理解できるし、訓練次第で改善するのも本当でしょう。でも、直らないからといって、あの子の価値が半減するわけじゃないし、その他の能力まで損なわれるわけでもない。肝心なのは、受入れること。言葉に不自由しようが、周りに誤解されようが、『それでよし!』と思える気持ちでしょう

引用 『ツァラトゥストラ』(手塚富雄・訳)中公文庫

海洋小説『曙光』MORGENROOD(上巻


阿月まり
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