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「一般ユーザーに説明する」ということ

by 阿月まり

ゾーイはトマトソースのパスタをフォークに巻きながら、「さっきは気を悪くした?」と、しおらしく訊ねた。
「いや、別に。君たちの意見は興味深かったよ」
「本当に?」
「本当だ」
「その割に、ずいぶんショックを受けたように見えたけど」
「面と向かって酷評されれば、誰だって固まるさ。今まで何度も同じことを説明してきたが、君らのように面と向かって『解りません』と言われたのは初めてだ」
「だって、解らないものは解らないんだもの、解ったような顔で頷いても、あなたの仕事の為にはならないでしょう。私ね、あなたのことが好きだから、正直に感想を言ったのよ。嫌いな奴なら適当におべっかつかって、『ブラボー、すごい、天才ですね!』で終わりよ
「その気持ちは分かるよ」
彼が頬を緩めると、ゾーイもマスカラの睫毛をぱちぱちと瞬き、
「私ね、小学生の頃からプログラムを書き始めて、高校時代には『アプリパーク』や『デジタルコマース』で自作のアプリケーションを販売していたの。アプリといっても、女の子向けのアドレスブックやメモ帳の類いでね。たいした儲けにはならなかったけど、ヴィンテージのジーンズやパソコンを買うには十分だったわ。だけども、カスタマー相手って大変。自分では『使い方なんて見れば分かるだろう』と思うけど、これが案外通じないの。グリーンの吹き出しにメッセージを書き込むとか、メイルをくわえた小鳥のイラストをフリップすれば送信されるとか、簡単に思うけど、通じない人には本当に通じないのよ。そしてカスタマーレビューには『使い方が難しすぎます!』『インターフェースがイマイチ』なんて文句を書かれる。えっ、どうして? こんな簡単な操作がなぜ分からないの? 私の方が首を傾げたくなるぐらい。でも、ユーザーってそういうものよ。同じ人間だけど、知識も思考回路も全く違う。右に回すものを左に回したり、黄色いものが緑に見えるような人もいるわ。そういう体験を通じて、万人に通じるものを作るのがいかに難しいか、骨身に染みたの。だから余計であなたの話がお目出度く感じたのよ。立派なシステムを作れば、誰もが同じように機能を理解して、使いこなせると信じ込んでいる。でも、私に言わせれば、それこそ大きな間違い。ぱっと見て内容をイメージできないものは、その一秒で大半が価値を失うのよ
「どういうこと」
「あなたがいかに完璧なオープンデータ・システムを構築しても、大衆が理解しないものは利用されない。そして利用されないシステムはいつか廃れて、赤字の元になる」
「じゃあ、君ならどうするんだ」
「さあね、それこそ専門家じゃないから、分からないわ」
「君だってその場の思いつきを並べてるだけじゃないか。文句を言うだけなら小学生だってできる」
「自身の見解がなければ批評してはいけないの? レビューを書いてる人たちをごらんなさいよ、まさにクレームを並べるだけ、自身のアイデアなんてありはしない。でも、私はそれを謙虚に受け止めてるわ。中には箸にも棒にもひっかからないようなのもあるけど、『操作が分かりにくい』と感じている人がいるのは事実だからよ。そして、これからあなたが相手にするのは、そういう一般大衆。あなたの提供する情報サービスをちらと触っただけで、一斉に批評を始めるのよ。『分からない方がおかしい』なんて態度をとったら、理解されるどころか反感を買うだけ。分からない人には説明書きを添えたって分からないのよ」
「だが、分からないなら、理解するための努力も必要だろ」
「そうね、まさにその通り、でもあなたなら、アプリケーションのバグに遭遇した時、自分でプログラムの一から勉強して、自分で解決しようなんて考える? 製品の開発元にクレームを入れるか、使用を中止するか、どちらかでしょう。海洋情報ネットワークも同じよ。ちらと見て、意義もメリットも理解できず、ただ専門用語が羅列されているだけのサイトを見ても、関心すら持たないわ。それなら私の友人が運営してるマリンスポーツのハウツー・サイトの方がよっぽど為になる、少なくとも『理解するための努力』なんてユーザーに求めないから
「……」
「あなたは商業ベースで何かに取り組んだことがない人ね。立派なレポートを仕上げれば、それだけで褒めてもらえる学生レベルの経験しかない。分からない人や努力しない人は蚊帳の外に置いてきぼりで、逆になぜ『分かろうとしないのか』なんて責めるのよ。でも、そんな情報サービスが広く普及すると思う? 私たちが相手にするのは九割以上の『分からない人、努力しない人』なのよ」

海洋小説『曙光』MORGENROOD(上巻)


阿月まり
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