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アンビルトアーキテクト 思想をデザインする

by 阿月まり

「アンビルト・アーキテクトよ。一口に『建築デザイン』といっても、みながみな、実作を前提に描いてるわけじゃない。また、実際に建設されないからといって、そのデザインが全く無価値とは限らない
「実際に建設されなくても、価値がある……?」
彼は打たれたようにオキタの顔を見た。
オキタもまた深く頷くと、
デザインとは思想よ。そして社会愛でもある。独り善がりでも駄目だし、没個性でも意味が無い。自己と他者の間を取りながら、共生の空間を創り出す。ある意味、公共性の強い芸術といえるわね」
「こんな宙に浮いた人口都市にも社会愛が?」
「そうよ。この空中都市は現実社会に対するアンチテーゼなの。地図には国境があり、全ての物事は一方的なルールで細かく区分けされている。そんな世界に、何にも束縛されない共生の空間を創り出すとすれば、もはや中空にしか存在しない。でも、それさえも、いずれそこに住む人々によって差別され、分断される。だから、この空中都市もボトムが溶け出しているの。要は現実社会の重力には逆らえないということ。ある意味、無力と虚のイメージね。これはあたしのコンセプトじゃないけど、制作過程は面白かったわ。メンバーそれぞれに意見が違って、あたしたち自身がお互いの重力に逆らえないようだった」
「なるほど」
「肝心なのは、精神を具象化することよ。詩人は言葉で愛を語り、音楽家は旋律で心の高ぶりや静けさを表現する。建築デザインにも、線の一つ一つに主張があり、理念があるの。たとえば、市役所の入り口にスロープを作るにしても、安全性はどうか、横幅は十分か、手動の車椅子でも楽に上り下りできるか、いろんな面を考慮するでしょう。そこに作った人間の顔は見えなくても、スロープの傾斜や手すりの形状に作り手の思いやり、創意工夫、美意識、社会性などが垣間見える。わけても、アンビルト・アーキテクトは実作に囚われず、自由に思想を表現することができる。それは時に百万の言葉より雄弁よ」

海洋小説『曙光』MORGENROOD(下巻)


阿月まり
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